「患者よがんと闘うな」?

 進行癌治療は抗癌剤治療が主力となるのが標準的な方法とされます。最近の10年間に新しい有効な抗癌剤が複数出現し、それに伴って治療成績が向上したことも事実です。5〜6年前に放射線科医の近藤誠氏が「患者よがんと闘うな」と発言し、社会的にも大きな話題となりました。要点は、成績が向上したといっても、数ヶ月から半年程度生存期間が延びるだけで、そのために払われる重篤な副作用という代償とはひきあわないということかと思います。考えさせられる発言です。

  しかし実はもう一つの「患者よがんと闘うな」 が存在しています。これは癌治療の指導的立場に居る医師達から無言のうちに、あるいは医療の現場では別の表現をとって発信されているものです。

  わかりにくい話ですが重要な問題を含んでいますのでさらに説明しますと、もう一つの「がんと闘うな」が出てくるもとは、現代の医療の根幹をなしている「エビデンス・ベースド・メディスン:EBM」という概念にあります。これは「有効性が明確に証明された医療のみをおこないなさい」という極めて明解で反論の余地のないものです。EBMは多数例でおこなわれる無作為比較試験によって決められます。これもやむを得ないことかと思います。

  問題は進行癌治療におけるEBMの現状にあります。問題点は二つあります。ひとつは、多くの癌の種類においてもEBMに合致した治療法が出現してきていますが、これを第一選択の治療とした際の無効例や一時有効であっても再度悪化した場合の第二選択の治療法にはEBMの考えに添うものは極めて乏しいという点です。ましてや第三選択の治療法は皆無と言って良い状態ですから、EBMの考えに厳密に従う限り、多くの進行癌患者さんは「がんと闘うな」という専門医の意見に直面することになります。

  第二の問題点はEBMに合致した癌治療法は、どんなに最新のものに思えても、実は10年以上前に考えられたものであるという点です。癌治療の比較試験では長期の生存期間の検証が必要ですから、ある程度やむを得ない面は有るのですが、あまりにもEBMの考えにとらわれると、癌治療の進歩は科学の進歩とはまったく別のものになってしまいます。